旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

2007-01-01から1ヶ月間の記事一覧

煎り子と猫まんま

昨日の便りに早速メールをいただきました。 例のモノの名前についてではなかったのですが、その方のお宅では陶器の醤油さしに煎り子と醤油を入れ、鍋の中心に置いていたそうです。豆腐と白ネギの湯豆腐で、食べるときにはそれに晒した刻み生姜をのせ、煎り子…

あれをなんと呼ぶのだろうか?

母が作る湯豆腐(=鱈ちり)では、鍋の真ん中にアルマイト製のタレ入れが置かれていました。深めのコーヒーカップくらいの大きさで、底には倒れないように直系10センチほどの丸い板が付いていました。あれをなんと呼ぶのか、正式な名称を私は知りません。 …

湯豆腐=鱈ちり

いつ食べてもいいのですが、冬に食べると余計おいしいのがおでんと鍋料理です。あまたある鍋料理の中で私が一番好きなのは、シンプルな鱈ちりです。 子供の頃、我が家では鱈ちりを湯豆腐と言っていました。そして、鍋料理はそれだけでした。寄せ鍋や牡蠣鍋、…

足の速い文庫本

昨日、文庫本を13冊買ったと記しましたが、14冊の間違いでした。でも、サッカリーの「虚栄の市」は全4巻ですから11冊と言った方がいいかもしれません。 「虚栄の市」と書いたところで本好きの方にはもうネタばれしていますね。そうです、昨日の買い物…

やはりこの時期はバーゲンです。

この時期と言えばやはり冬物衣料品のバーゲンです。立川の伊勢丹に行ってきました。 買ったのはセーター、シャツにコート。 セーターは春にも着られるきれいな水色です。シャツはコーデュロイですが、これも明るい色にしました。コートは濃紺で、以前から探…

教わることは楽しいな。

ずっと前に二度来たことのある六義園ですが、覚えていたのは大きな石灯籠だけでした。 小学生では日本庭園のよさがわからなかっただろうし、デートで関心があるのはお相手のことだけですから、無理もないかな。 今回、とても印象に残ったのは渡月橋でした。…

六義園

六義園に到着しました。 ここに来るのは三度目です。二回目については昨日記しましたが、始めて来たのは小学6年生のときの社会科見学だったのではないでしょうか。確か造幣局を見学してから、ここで昼食をとったと記憶しています。 都内に残る大名庭園とし…

第二回「東京散歩」

誕生日の昨日、午後から二回目の東京散歩に出かけました。自分への誕生日プレゼントですが、散歩ですますところがケチを自認する私には似合っています。 午後2時、JR駒込駅に着きました。たぶんこの駅で降りるのは38年ぶりのことです。 38年前、高校…

55歳になりました。

私の今年の年賀状の文面はこうでした。 この1月で55歳になります。私が社会人になった頃の定年の年齢です。 やや波瀾万丈気味の55年間でしたが、このあたりで開き直り、少し自分勝手に生きてみるのもいいかなと考えています。 今日、私は55歳になりま…

二度目の挫折

自分が江戸時代に暮らしていないことを知らされ、深い挫折を味わったおバカな私でしたが、それによってチャンバラごっこが嫌いになることはありませんでした。むしろロールプレイング・ゲームとしてのチャンバラごっこに、さらに打ち込むようになりました。 …

手本は赤胴鈴之助

チャンバラ好きの私でしたから、最初に好きになったマンガもやはり時代物でした。「赤胴鈴之助」と「矢車剣之助」です。 とりわけ「赤胴鈴之助」には夢中になりました。 どのくらい夢中になったかと言うと、ラ・マンチャに生まれたあの人と同じように、夢と…

「書評家<狐>の読書遺産」

昨日、文春新書の新刊「書評家<狐>の読書遺産」を購入し、<狐>こと山村修さんが昨年の8月に肺ガンのため逝去していたことを知りました。 日刊「ゲンダイ」に<狐>氏が掲載していた書評の評判は当初から聞いていました。が、ペンネームの与えるイメージ…

刀は剣士の命です。

チャンバラごっこは刀さえあればできます。それも棒きれで十分です。 おもちゃ屋で売っている刀はペカペカで、小さい子用です。刀で思い切り打ち合うのはチャンバラの一番の楽しみですから、頑丈な物でなければなりません。 あの頃はどこにでも棒きれが落ち…

暗くなるまでチャンバラを

昨日の読売新聞朝刊にスポーツチャンバラ(スポチャン)が紹介されていました。チャンバラごっこが大好きだった私ですが、このスポチャンはそれとはまったく別物のようです。 スポチャンは剣技に重点を置いています。体のどの部分でも打ち込みが深いと一本と…

芝の河岸まで行ってくらぁ。

昨日は午後から仕事で浜松町まで行ってきました。落語「芝浜」の河岸があった場所です。といっても私は勝五郎のように、ぼてふりの仕入れに行ったわけではありません。*1 私の行ったところは第一京浜沿いにあるビルで、浜松町の駅からそこまでは車の排気ガス…

祖父のことなど

上高田の寺町について何回か書いてきましたが、台東区の今戸から私の育った橋場にかけても寺町と呼べるところです。わが家の墓もその中の永伝寺にあります。 江戸時代後期の切絵図を見ますと、永伝寺は現在と同じ場所にありますので古い寺なのでしょうが、こ…

ベロ出し飴

「ベロ出し飴、買ってきたよ」 私が小さい頃、祖父はたまに駄菓子をお土産に買ってきてくれたのですが、金平糖やカリントといった昔ながらのそれで、子供にとってはさほど嬉しくないものでした。いつもは黙って駄菓子を差し出す祖父ですが、その日は珍しく私…

三木清の墓

今回の散歩のゴールは三木清のお墓がある正見寺でした。 薄桃色の御影石のお墓には、三木家之墓とのみ彫られていました。三木清は昭和20年(1945年)9月26日に豊多摩刑務所で獄死しています。彼は兵庫県龍野市の生まれですから、さほど古くないこのお墓…

やっぱり「しんしっつぁん」と呼びたいな。

今回のお墓散歩で一番簡単に見つけられたのが、源通寺にある河竹黙阿弥のお墓でした。墓地の入り口にあります。 黙阿弥は引退してからの名前ですから、私は二代目河竹新七と呼びたいですね。最後の作品となった散切物の「島鵆月白浪」までこの名前で書いてい…

旭亭の梅が咲き始めました。

昨年、たくさんの花をつけた旭亭の山茶花でしたが、めざといヒヨドリの餌食となってしまいました。おまけにヒヨドリは糞まで落としていく始末です。 でも年明けとともに梅の蕾がふくらんで、数日前から咲き始めました。肥料がうまく効いたのか、今年は蕾の数…

儒者の墓

柳沢吉保の召し抱え儒者であった荻生徂徠のライバルは新井白石でした。白石は綱吉の跡を継いた徳川家宣に重用され、綱吉派の幕臣を一掃しました。 その新井白石のお墓は龍興禅寺の隣の高徳寺にあるのです。まるでしりとりみたいな上高田お墓散歩です。 今回…

拝領妻染子

龍興禅寺に着きました。この寺には柳沢吉保の側室、染子のお墓があります。立派なお墓で、きれいに草取りもしてありますが卒塔婆はなく、寂れた感じがします。 染子は吉保との間に、後に柳沢家の家督を継ぐ長男吉里を儲けました。 柳沢吉保は館林藩主時代の…

猿を見ると去ることはできなくなるのは何故

松源寺には作家の八木義徳のお墓がありますが、愛読者ではないのでパス、しようとしたのですが、山門の前の猿の石像を見て足が止まりました。なかなかよくできた石像で、台座には「さる寺」と書いてあります。 私は猿には縁が深く、猿関連グッズを見ると放っ…

東京お墓散歩

昨日は前日の冷たい雨があがり、すっきりとした晴天でした。風は激しかったのですが午後から散歩に出かけました。中野区上高田の寺町を目指しましたが、目的はお寺ではなく、お墓見物です。 中野駅周辺はいつもながらのすごい人出でした。サンモール、ブロー…

若菜を君と

旭亭の近くには浅川が流れて、土手も河原もあるのですが、ここで春の七草を摘むことはできません。クレソンなら上流に行けばありますが、これは七草ではありません。 というわけで、近所のスーパーの七草詰め合わせパックを使い七草粥を炊きました。 土鍋で…

仕事始めは新型車両に乗って

事故のため遅延することの多い中央線ですが、昨日の出勤時もそうでした。 事務所には早めに着くようにしていますので、少しくらい遅れても問題はないのですが(なにせ乗るのは一駅だけですから)、仕事始めからこれでは先が思いやられます。 でも、そのため…

今日は仕事始めです。

今日はATCの仕事始めです。 今年も一年よろしくお願いいたします。 年明けとともに江刺工場では「事業所長杯争奪・第一回春期卓球大会」が始まります。昼休みを利用した、ATC特別ルールによる一日一試合、開催期間約二ヶ月の苛酷なロードです。さて、…

さて、今年の抱負はと‥‥

新しい手帳を使い始めるのは、気持ちが引き締まっていいものです。 年の初めにあたって、抱負などは特に考えない方なのですが、昨年の手帳の元日のページには珍しくそれが書き留められていました。なかなかいいものなので、今年も継続することにします。 内…

トホホな初夢

初夢をいくつか見ましたが、どれも楽しいものではありませんでした。 その中のひとつに、召集令状を受け取るという夢がありました。村上龍の「愛と幻想のファシズム」を久しぶりに再読したことが、そんな夢を見させたのでしょうが、昨今の風潮も影響している…

初詣はご近所で

昨日は朝酒が許される三日間の初日です。朝酒で気持ちがよくなり、少しうたた寝をしてからご近所の高倉稲荷へ初詣に行ってきました。旭亭から歩いて20分、餅腹にはいい運動です。 旭亭に越す前はこのお稲荷さんの近くに住んでいました。夏にはささやかな盆…