旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

<大正>に殉じた人

「蕭々館日録」

久世光彦「蕭々館日録」を読み終えました。「書評家<狐>の読書遺産」で紹介されていた本です。


夜な夜な上野弥生町にある小島正二郎(児島蕭々)の寓居「蕭々館」に集まってくる一風変わった人たちを、5歳になる小島の娘、麗子の視点から描いた小説です。その中心人物は芥川龍之介(九鬼)で、彼は常に死の影を漂わせています。彼の友人、菊池寛(蒲池)や小島たちは、彼の死が避けられないものと、何故か諦めているのですが、それが1日でも先になるよう祈りながら、壊れ物をさわるように彼と接しています。*1


「蕭々館日録」で描かれる芥川の像は、岡本かの子の小説や吉本隆明の評論を読んでいる私たちにとっては、特に目新しいものではありません。この小説の魅力は芥川を取り囲む人たちの交情の深さにあります。それは久世の盟友、向田邦子の傑作「あ・うん」を思わせます。
そのような友人たちがいても止めることができなかった芥川の自殺。久世は彼の死を、<大正>という時代に殉じたものと捉えているようです。それであれば、たれもそれを阻止することはできません。


芥川は<昭和>にわずか8ヶ月間だけ寄り添い、田端の自宅で35歳の生涯を終えました。妻とともに彼の通夜に向かう小島は、平岡公威を思わせるひとつ年上の男の子、比呂志と遊ぶ娘に声をかけます。
「おーい、麗子。明日引っ越すぞォ」


第5回配本で止まっていた筑摩書房の「マルクス・コレクション」(全7巻)ですが、ようやく第7巻(時局論/芸術・文学論/手紙)が刊行されましたので、早速購入しました。読みやすい訳文です。

*1:カッコ内は「蕭々館日録」での名前です。