旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

絵を描く人たち(8)

彼女とはその後も居酒屋で顔を合わせることがあり、絵の話をたくさん聞くことができました。
北の町で育った彼女が東京の美大を受験することには、両親は猛反対だったそうです。が、音楽好きの年の離れたお兄さんが物心ともに彼女を支持してくれたので、彼女は絵を学ぶことができました。


ずっと油絵を描いていたのですが次第にそれが自分に向いていないことがわかり、画材を変えました。試行錯誤するうちに彼女の望む色を出せる画材に巡り会うことができ、それからはそれだけを使い続けていました。
「最近、その画材を輸入している会社があまり売れないので取り扱いを中止することになったんです。で、在庫品を全部買っちゃいました。一応プロの画家でそれを使っているのは私だけだったようです。」
私に見せてくれた色鮮やかな動物たちも、それで描いたそうです。でも、彼女が着ている服は、色も形もぱっとしていません。
そんな私の表情を読んだのか「ビンボーでビンボーで、服なんかここ数年買っていません」と明るく話してくれました。
都心の会社で仕事をするために、普段は着ないワンピースやスーツを身にまとっているのでしょう。Tシャツやジーンズならとても似合いそうです。


「家に帰って普通の仕事を探そうかとも思うんですが、画家として僅かでも評価されないと、兄に申しわけなくて。今でも帰省すると、兄嫁に見つからないように私に小遣いをくれるんです。『がんばれよ』って。」
彼女のお兄さんの職業は聞いていましたので、それがどんなに大変なことかがよくわかりました。すれっからしの私でも、じんとしてしまう話です。でも、彼女には貧乏くささも湿っぽさも微塵もありませんでした。