旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

携帯が鳴るとき

礼服に着替えていると、めったに鳴ることのない私の携帯に着信がありました。永世座布団返しのC君からです。「ベースがあるんですが、今どこですか?」
C君は披露宴の会場にいるそうで、すぐにそちらに行くと応えました。


前日の居酒屋でのことでした。
一緒に飲んでいたOさんが、社員のR君の携帯に電話しました。R君は、披露宴の余興のリハーサルのために会場にいるそうです。H君のギターでレミオロメンの「3月9日」を歌うとのこと。
そのとき、私はこんなことを口走ってしまったのです。
「演奏することを前もって言ってくれたら、ベースを弾いたのに‥‥。」
それを聞きOさんは、明日ベースを用意しておくようにR君に伝えました。が私は、急にベースなんか準備できないだろうし、冗談だと思ってくれるだろうと、少しは気になりましたが、披露宴で演奏することはありえないと安心していました。
それに、その曲を知りませんし、リハーサルの時間もありません。おまけに、乾杯の発声という大切な役目が私にはあります。
私は宿に戻り、熟睡しました。


ところがありえないことが、おこってしまったのです。押っ取り刀でかけつけた会場のステージには、ジャズベースが立てかけられていました。
一回だけならリハーサルができるとのことで、すぐに楽器を手にしました。コード進行は簡単で、スローバラードでしたから、なんとかなりそうです。
R君は「原曲を聞きますか」と言ってくれましたが、聞けばその通りに演奏したくなるので、断りました。あとは曲の構成をしっかりと頭に入れることです。
私は自分の席につき、譜面と睨めっこです。乾杯の発声のことは、すっかり頭の中から抜け落ちてしまいました。でも十分に練習をしたせいか、咬むこともなく、無事つとめることができました。あとは暗譜あるのみです。


H君が譜面を取りにきました。もうすぐ出番だそうです。
亀の甲より年の功、あわてなければなんとかなるさ、私は上着を脱ぎステージに向かいました。


最初の8小節はアンプの具合が悪く、音が出ませんでした。でも、こんなことはよくあることです。おちついて演奏を続けることが肝心です。
ガリガリと雑音がして、アンプは鳴り始めました。テンポは合っています。2コーラス目はちょっとオカズを入れたいな。それと、ギターを少し後押ししてあげよう、そう思える余裕が出てきました。


あっという間に演奏は終わりました。一回のリハーサルにしては上出来です。
ステージを降りて私はR君をハグしました。
「無理言って、悪かったね。」


私がベースを弾くことを、社員たちは知っていますが、演奏を聞くのははじめてのはずです。
みんな驚いていたようですが、それはたぶん「本当に弾けるんだ」という驚きであって、演奏内容でないことくらい、いくら傲慢な私でもわかっています。
でも、とっても楽しかった。それと、今度はちゃんとした演奏を聞いてもらいたいなぁ。


T君の結婚披露宴を一番楽しんだのは、たぶん私でしょう。
T君、もうしわけない!