旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

落語「どす黒い」(下)

「その『どす黒い』の『どす』だが、やくざ者が持っておる短い刀のことではない。」
「そんなことぁ、あっしでも知ってますよ。」
「また、八っつぁんは知らないだろうが、パソコンのオペレーティング・システムのことでもない。」
「な、なんですか?そのオペレーチングなんとかってのは。」
「説明してもおそらくわからないだろう。実は私も‥‥(声が小さくなる)知らなくはないのだが、説明することばがうまくみつからないな。なにせまだ時代が徳川家(とくせんけ)の御代だからな。」
「そのオペレーチングはどっちでもいいですよ。あっしだって、自分でこしらえたんじゃない『えむえす・どす』とかいうやつで、メリケンビル・ゲイツが大もうけしたなんて聞くとおもしろくない。」
「(ぎょっとして)そういうことじゃ。で、『どす』だが、これは『ど』と『す』にわけて考えなくてはならない。」
「へー、そういうもんですか。」
「『ど』は実は縮めた言い方でな。ドレッドノートと言うのが正しい。」
「ド、ドレッドノート?なんだかこれも異国のことばみたいですね。」
「そうだな。実はこれ、エゲレスの黒船の名前なのじゃ。」
メリケンだけじゃなく、エゲレスにも黒船があるんですか。こりゃ、知らなかった。」
「これだから無知な者は困る。エゲレスは『七つの海を制す』と言われるくらいたくさんの黒船を持っておるのだよ。」
「これでひとつ利口になった。」
「そのエゲレスの黒船の中でも、このドレッドノートは格段に大きい。海に浮かんでいると、島と見間違うくらいだ。」
「そりゃ、すごいや。『荘子』に出てくる鯤(こん)みたいですね。」
「(驚いて)八っつぁんは『荘子』を読んだことがあるのかい?」
「あっしだって、ダテに寺子屋に通ったわけじゃない。」
「(気を取り直して)で、馬鹿でかいものやすごいものを、ドレッドノートと言うようになった。それが我が国にも伝わったのじゃが、なじみのないエゲレスのことばで、おまけに長すぎる。そこで、それを略して『ど』と言うようになったわけだ。」
「魚屋のしん公を『おい、しの字』と呼ぶようなもんですね。」
「まあ(間があって)そんなもんだ。」
「これで『ど』はわかりましたが、『す』はなんですか?」
「『す』、まだ『す』が残っていたか。『す』か(考えるふりあって)、そうだ、『ど』よりももっとすごいので複数形にしたのだ。」