旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

渡辺保「黙阿弥の明治維新」

たいした蔵書があるわけでもないのですが、再読したい本に限ってなかなか見つかりません。あきらめていたところ、ひょっこり顔を出しました。渡辺保の「黙阿弥の明治維新」です。


一読してから12年が経ったんだな。ATC設立以前で、旭亭にも住んでいませんでした。
おもしろかった印象はあるのですが、案の定内容は忘れていました。


私は黙阿弥を黙阿弥とは呼んできませんでした。(古河)黙阿弥は、明治14年に「島鵆月白浪(しまちどりつきのしらなみ)」を書いて引退したときに名乗った名前だからです。ですから河竹新七。気取っていたのですね。
もちろん彼はこの作品をもって引退することはありませんでした。この世界ではよくあることです。


引退の年には「島鵆」の前にも「天衣粉上野初花(くもにまごううえののはつはな)」を書いています。七幕十六場、上演には一日かかる長編です。
歌舞伎台本は現代の戯曲のようにひとりで書くものでありませんが、老いてなお筆力は衰えをしらず、筆を折る気はなかったのでしょう。だって、その後に「魚屋宗五郎」「筆屋幸兵衛」や「加賀鳶」を書くのですから。


渡辺は黙阿弥73歳の作品「月梅薫朧夜(つきとうめかおるおぼろよ)」を彼の最高傑作としています。「加賀鳶」を書いてから2年後の作品です。
「月梅薫朧夜」は花井梅の峰吉殺しを題材にしたもので、梅の二度目の上告が棄却された18日後に五代目菊五郎によって中村座で上演されました。菊五郎は梅の裁判を傍聴していたそうです。


黙阿弥の散切もので、現在上演されるのは「島鵆」くらいです。散切ものには歌舞伎の華やかさがないからでしょう。
花井お梅といえば、川口松太郎の小説を劇化した新派の「明治一代女」で有名です。こちらは小説、芝居とも昭和11年に発表されました。
渡辺はきっぱりと書きます。

「花井お梅」(「月梅薫朧夜」のこと−引用者注)はお梅と社会のたたかいであり、その意味で「明治」という時代をぬきにして語ることができないが、「明治一代女」はただの三角関係の情痴事件である。「一代女」のお梅は男と寝たが、「花井お梅」は時代と寝たのである。(302頁)


「月梅薫朧夜」を私は見たことがありません。散切りものというよりは同時代ものといえるこの作品を、なんとか通しで見たいものです。


黙阿弥の明治維新

黙阿弥の明治維新