旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

森崎和江「からゆきさん」

探していたのではありませんが、書棚の奥に森崎和江の「からゆきさん」(朝日文庫)を見つけ、いっきに読んでしまいました。20年以上前に手に入れた本です。
買ってすぐに読んだはずで、一ヶ所を除いて、内容はほぼ記憶通りでした。当時は近代批判の残酷物語として、私はこの本を読んだのです。


記憶から抜け落ちていたその一ヶ所に森崎のメッセージがこめられていたと、再読で気がつきました。「ふるさとの血汐」という章です。
この章は、昭和初期までその風習が残っていたといわれる若者宿と娘宿について触れたもので、森崎はこれらを肯定的に捉えています。田宮虎彦が巻末に長文の解説を寄せていますが、彼のこの風習に対する評価は否定的です。当時の私はどうもこちらに与したようで、そのせいで忘れていたのかもしれません。


森崎は「りくつぬきの、幅ひろい性愛がある」風土の中でからゆきさんが「育ったことを心にとめておきたい」と書きます。そして「娘たちは娘宿ではぐくまれた感情を心にたたえた娘のままであったにちがいない」と。
聞き書きをもとにした記録として高く評価されてきたこの作品にとって、この部分は異質です。この森崎の考えは終章「おくにことば」の次の部分に繋がります。

そのかたちなき心の気配。そのなかへはいってからゆきを感じとらねば、売りとばされたからゆきさんは二度ころされてしまう。一度は管理売春のおやじや公娼制をしいた国によって。二度目は、村むすめのおおらかな人間愛をうしなってしまったわたしによって。(199頁)


彼女たちの育ってきた時代や土地の風習を心にきざんでおかなければ空疎な近代批判に陥ってしまうということを、森崎の考えは全面的には肯定できませんが、私も肝に銘じておくことにします。