旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

御言持ち歌人、額田王

伊藤博萬葉集釋注」はちゃんと読み進んでいます。「古川ロッパ昭和日記」もそうですが、習慣として本を開くことがフィクションではない大部の著作を読むコツであることを知りました。これは今後の読書に役立つでしょう。
と書きましたが、「萬葉集釋注」は小説のようにおもしろい本です。


巻第一は読み始めてすぐに額田王が登場します。高校生のときに読んだきりですが、その名前を見ただけでキュンとなっちゃいました。が、すぐに私の幼稚な王像は、木っ端微塵に砕け散ってしまいました。
伊藤は額田王を「天皇の意を体しその立場で歌を詠む人」と位置づけます。それを彼は「御言持ち歌人」と呼びます。
そうなりますと、十代の私を魅了した「あかねさす」の歌の意味もまったく変わってきます。第一に、この歌は相聞ではありません。
この歌が作られたのは、王が三十八、九歳のときだったそうです。当時としては、王は初老の女性です。恋の歌になるわけがないのです。おまけに、その歌に答えたのは夫である皇太子(ひつぎのみこ)、後の天武天皇でした。
 紫草(むらさき)のにほえる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに我(あ)れ恋ひめやも


ねっ、初老の妻に長く連れ添った夫が「紫草のように色あでやかな妹よ」と呼びかけているんですよ。おまけに「人妻と知りながら」ですって。てめーのかーちゃんじゃねーの。
で、伊藤は「二つの歌は、遊猟を無事終えたあとの、一日の幸を祝う宴における座興であった」と書くのです。


うーん、でもこんなおちゃめなことをするなんて、とても遠い昔の人たちとは思えません。どうせ私には萬葉感なんてありませんから、伊藤に従ってその世界を楽しむことにいたします。