旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

テレビとラジオ

中島みゆきの「僕たちの将来」は「24時間レストラン」が舞台です。「青の濃すぎるTV」には「暑い国の戦争」が映し出されています。でも「僕」はそれには関心がありません。「この切れないステーキ」の方が彼には大問題なのです。そして「僕たちの将来は良くなってゆく筈」と漠然と思い描いています。
蕎麦屋」ではラジオがかかっていました。聞こえてくるのは「知ったかぶりの大相撲中継」です。「あたし」は突然「わかんない奴もいるさ」と二度繰り返す彼の話に「くやし涙を流しながら」「たぬきうどんを食べ」るだけです。
98年発売の「わたしの子供になりなさい」にもテレビが登場します。「4.2.3」です。
97年4月23日の早朝、「私」はTVのスイッチを入れました。ゲリラに占拠されたペルーの日本大使館にペルー軍が武力突入する様子が中継されています。
日本人ではない人質ひとりと兵士ふたりが死亡し、ゲリラ14人は全員射殺されました。
「日本人が元気に手を振っていますとリポーター」が「興奮し伝え」る中、「私」の視線は担架にのせられた「胸元に赤いしみが広がる」兵士に注がれます。「私」は中島みゆき自身です。リポーターは「蟻のように真っ黒に煤けた」兵士には「ひと言も触れ」ません。
この事件そのものと解決方法については、「ここにいる私」には「量り知れない」と彼女は考えています。しかし、「日本と名の付いていないものにならばいくらだって冷たくなれる」「この国は危ない」とはっきりと言い切るのです。