旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

こんな会話をしたいけど

半日で読み終えるつもりだった堀江敏幸の『燃焼のための習作』(講談社文庫)でしたが、あまりの面白さにもったいなくなり、五日をかけることになってしまいました。
探偵事務所らしきところに、別れた妻子の調査を依頼する男性があらわれます。そこに買い物から帰ってきた女性の助手が加わり、激しい雷雨の降る夕方から夜まで、延々と話を続けるのです。探偵は何杯も角砂糖をたっぷり入れたインスタントコーヒーを飲み、胃が弱い依頼者は腹の具合が悪くなり、助手は空腹のために血糖値が下がりぐったりしてしまいますが会話は続きます。
会話とその時々の思いなどがかぎかっこのない文章で綴られています。その会話が実に楽しいのです。依頼に関するものからそれていくだけではなく、哲学的にもなっていくのです。
このように人と話し合えたら楽しいだろうな、でも私にはこのような会話をする能力はないし、と読みながら何度も思いました。しかしこれは小説なのです。たぶんこんな会話はあり得ないのです。
バッハのカンタータを聞きながらこのような小説を読むことは限りない喜びでした。