旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

話を盛る

「話を盛る」という表現を見かけるようになりました。私の知っている言い方なら「話をふくらます」となるようです。それに気づいたとき、ある人のことを思いだしました。これは「話を盛る人」の話です。
同じ会社に勤めるPさんと酒を飲みました。二人だけで飲むのははじめてです。十歳くらい年上で、寡黙な人という印象でした。酒を飲んでもそれは変わりません。
独身と聞いていましたので、「結婚しないんですか?」と、今ならすることのない質問をしてしまいました。彼はしばらく考えてから「最近まで同棲はしてたんだけどね」と答えました。それから「君は口が硬そうだから」と前置きをして長い話がはじまりました。概略はこうです。
彼女は書き置きを残して突然いなくなった。それにはこう書いてあった。「こんなことは許されないのですが、あなたは特別な人だったので書きます。私はQ国のスパイなのです。任務が終わったので国に帰ります。ですから私を探しても無駄です。できるならずっと暮らしたかった。」
いくら若い私でもこの話を鵜呑みにはできません。もしかしたら芥子粒ほどの真実はあるのかもしれません。もちろん「口の硬い」私は、それを漏らすことはありませんでした。
後日譚があります。Pさんの同僚で彼と同じ年頃の人と飲むことがありました。酔った彼は私にいいました。「君になら話してもいいかな。Pの奴、暮らしてた女に逃げられたんだ」。以下同文です。
あの話は、口数の少ないPさんの唯一のおはこだったのでしょう。芥子粒は女性と別れたことなのかな。それさえもなかったら、彼は「話を盛る人」でなく「ほら吹き」に昇格です。