ある小説を読んでいたら、主人公が私の大好きなアルバムを聞くシーンが出てきて、ちょっと驚きました。アルバム自体が地味なこともありましたが、その人物がこのような音楽を聞くとは思えなかったからです。
富樫雅彦と菊地雅章(きくちまさぶみ)が1991年に録音したCD2枚組の作品"Concerto"がそれです。主人公はその中のプーさんのソロ"All the Things You Are"を聞きながらこんな感想を漏らします。
「時間が、ゆっくりと解体されてゆくようなテンポだった。旋律が、一滴ずつ、澄んだしずくとなってしたたり、静まり返った室内に、幾重にも波紋を広げていった。」(平野啓一郎『ある男』)
"All the Things You Are"はジャズ奏者が好んで取り上げる曲です。旋律も素敵なのですが、アドリブに最適なのでしょう。富樫雅彦もJ.J. Spritsとして1994年に新宿ピットインでこの曲を演奏しています。
"Concerto"に収録された"All the Things You Are"ですが、はじめて聞いたとき、私は同曲と気づきませんでした。プーさんのことですからコード進行を使うのではなく、旋律を解きほぐしてあちこちに折り込んでいったのでしょう。彼はこのセッションでの会心の演奏だったと語っています。