旭亭だより

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三田博雄『山の思想史』

登山家の思想について書かれたものと勝手に想像し、名著との評判で購入はしたものの読むことのなかった三田博雄著『山の思想史』(岩波新書/1988年第7刷)をやっと開きました。
登山したことがなく、山に興味もないので、自分には縁のない本と決めつけていました。冒頭の章の「なぜ山に登る」というタイトルがそう思わせたのです。それ以外の9章のタイトルはすべて人名で、私の知る人も何人かいました。「なぜ山に登る」は「ゲーテ」でもよかったはずで、そうであれば買ってすぐにこの本を読んでいたでしょう。
まず読んだのは第8章「加藤文太郎(かとうぶんたろう)」です。加藤の名は新田次郎の『孤高の人』で、単独行の登山家として知っていたからです。加藤は「エクスパートのパーティとビギナーの単独行とを対比」すると「後者のほうが危険が少ない」と考えていました。また、彼の登山観は「ただ好きだから登る」から「自然を征服すること」によって慰安を「求め得」るに変わっていきました。しかし「山のダイモーン」は彼を「もはや自分ひとりの力ではどうしようもなくなった」ところまで追い込んでいくのです。その不安が最後の登山となった北鎌尾根行に同行者を求めさせ、加藤は遭難死します。読み進めるうちに、これは文芸評論ではないかと思うようになりました。
逆になりますが「なぜ山に登る」でも「デーモン」がキーワードになります。ゲーテは冬山登山、それも林務官さえ躊躇するような断崖を踏破していますが、次の章の北村透谷(きたむらとうこく)は15歳のときに一度富士山に登ったきりです。透谷は「富嶽の詩神を思ふ」で「アルプスの崇厳」と「富嶽の優美」を並び称しています。
私が透谷を熱心に読んだのは高校生の頃でした。「厭世」は透谷のキーワードですが、三田は「この「厭世」という言葉は、エッセイ「厭世詩家と女性」の表題の「厭世詩家」では、「デーモニッシュな詩人」の意味であるが、一年三ヶ月後のエッセイ「内部生命論」では、普通の意味に使用されている。」(38頁)と指摘しています。感嘆しました。(ほら文芸評論でしょ。)