夢野久作『ドグラ・マグラ』に「敵本主義」という言葉がありました。そんな主義あったっけ?辞書を引きましたが、「敵本」が何を指すかにちょっと考えを巡らせば、意味はすぐにわかったはずです。「敵本」とは「敵は本能寺にあり」のことで、「真の目的を隠し、他に目的があるようにみせかけて行動するやりかた」(『広辞苑』)を意味します。が、『広辞苑』にも『大辞林』にも出典は示されていません。俗語とも思いましたが、『ドグラ・マグラ』以前のものはないかと探してみたところ、『日本国語大辞典』に若月紫蘭の『東京年中行事』(1911年)での使用例がありました。『東京年中行事』は平凡社の『東洋文庫』に入っています。
『ドグラ・マグラ』のストーリーはすっかり忘れていました。覚えていたのは絵物語のエピソードだけです。以前読んだのは角川文庫版で、カバーの絵は宇野亜喜良のように記憶しています。あのエピソードさえも忘れてしまったら『ドグラ・マグラ』を読んだことにはなりませんものね。