旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

プラレール

孫たちが小さかった頃、家に来たときに遊べるようにとプラレールを買いました。車両は、乗り慣れた中央線が欲しかったのですが行った店にはなくて、同じ色(当時はオレンジ一色)の青梅線にしました。駅とレールがセットになっていて、青梅線がそう売れるとは思えませんので、たぶん限定品だったのでしょう。
孫たちはまだレールを組むことができませんので、来る日には私が組んで待っていました。はじめはグルグル回るだけでしたが、少しずつレールを増やしていきました。分岐させたり、高架にしたり、トンネルを置いたりと、それは楽しい作業でした。車両も増え、SLを買うに至っては、私自身の趣味になってしまったようです。近所におもちゃ屋があったのもよくなかったな。
今はプラレールはありません。それで遊ぶお子さんのいる方にさしあげました。おもちゃ屋も閉店してしまいました。

老化ならいいのだけれど

容貌にはまったく自信がありませんが、生まれたときからのつきあいなので、嫌ってはいません。シミが増え皺が深くなってきたことは、避けられないものと受け容れています。
少し前から鏡の中の自分の顔が惚(ほう)けて見えてなりません。加齢によるものならいいのですが、認知症のあらわれかもしれないと思うと気になります。

橋のたもと

聞くことはまれになりましたが、橋のたもとという言い方があります。橋のそば、きわを意味します。
色川武大(いろかわたけひろ)の短編小説「復活」にこの言葉が「橋の袂」と表記されていました。はっとしました。たもとは袂だったのか。
テレビドラマが人気で、その後映画化された『あの橋の畔で』では畔を強引にたもとと読ませていました。
私は隅田川にかかる白鬚橋のたもとで育ちました。島倉千代子が主演したオリジナルの『あの橋の畔で』での数寄屋橋のシーンは白鬚橋で撮影されたと聞いたことがあります。

オンキヨー倒産

音響機器メーカーのオンキヨーが自己破産しました。
私は同社のアンプとCDプレイヤーを使っています。スピーカーはパイオニアのロゴが付いていますが、オンキヨー&パイオニア製です。
サンスイ、トリオなど、十代の頃から憧れ親しんできたオーディオメーカーが次々と消えてしまい残念でなりません。

徳冨蘆花『黒い眼と茶色の目』

日本の小説を数冊読んでいます。一番古いのは徳冨蘆花の『黒い眼と茶色の目』で大正三年に刊行されました。主人公、得能敬二は蘆花、徳冨健次郎自身がモデルで、彼の二十歳前後のことが描かれています。「黒い眼」は飯島先生(新島襄)で、「茶色の目」は敬二を翻弄する少女、寿代です。
序文は「吾妻(わがつま)よ。」の呼びかけで始まり、小説は「其翌年の春、二十七の敬二は二十一の処女と結婚した。」で結ばれます。
蘆花の母方の叔母の夫が横井小楠であることを、この小説で知りました。

鳥は大変だ

生き物のドキュメンタリーを見ていて、私が思わず同情してしまうのは鳥たちの生態です。メスの気を引くために手間暇かけてきれいに飾った巣を作り、その前で求愛ダンスをやっていると、遊び暮らしている腕っ節の強い(?)ライバルに巣ごと一瞬で横取りされてしまった鳥を見たときには、涙が出そうになりました。
今朝、飛びながら交尾している鳥を見ました。