旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

加筆修正するのなら

山本一力著『たすけ鍼』と『たすけ鍼 立夏の水菓子』を読みました。どちらも朝日文庫で『たすけ鍼 立夏の水菓子』は昨年の12月30日に発行されたばかりです。鍼灸師、染谷(せんこく)を主人公にした連作短編集で両巻にまたがる大きな事件があります。雑誌に掲載された作品を「加筆修正」したとのことです。
私には初めての山本先生の小説です。期待して読み始めました。が、どうも引っかかるところがあります。つじつまが合わないのです。元々短編として書き始めたものが連作となったためにそうなったのだろうと思うことにしました。
大詰めとなり残り十数頁、一気に読み進めているとまたこやつが現れました。
 
薬種問屋の隠居、仲蔵は賭場を開いている呉れ屋組の元締め、小平の罠にはまり、禁制品の朝鮮人参の横流しをしてしまいました。その手から逃れる方法はないかと、賭場で知り合った実直そうな菓子職人、善助に相談を持ちかけます。善助は答えます。
「染谷先生なら、入り用な知恵を貸してくれると思います」(『たすけ鍼 立夏の水菓子』381頁)
染谷と面識のない仲蔵はそれを拒みますが、善助は染谷を信頼する大店の主人の名前を出し「染谷はれっきとした医者だと、強く言って口を閉じ」(383頁)ます。仲蔵は「知りもせずに、うかつな物言いをし」(383頁)たと善助にあやまります。そこに呉れ屋組で働いていた渡世人、佐津吉がやってきました。佐津吉は不始末を起こし、小平に追われる身となっていました。佐津吉も染谷と関わり合いがあり、話にその名前が出てくると善助がこう言うのです。
「ご隠居に話をする気でいましたのも、その鍼の先生のことです」(386頁)
善助は「話をする気でい」たのではなく、すでに「ご隠居に」話をしています。ところが仲蔵はこう言うではありませんか。
「傳吉だの染谷だのと、わたしの知らない名を語られても呑み込みようがない」(387頁)
傳吉は流れ者の壺振りです。佐津吉は小平から傳吉を殺せと命令されましたが、染谷たちによって阻止されました。佐津吉はそのことを仲蔵と善助に説明しています。でも直前に話題になった悪党の名前ですから「知らない名」でもかまわないでしょう。しかし染谷はそうではありません。仲蔵がすがらなければならない人の名前なのかもしれないのです。
 
こういうことを書くのは好きではありませんし、このままでもいいのだと自分を納得させることもできます。でも、この手の小説は読んでスカッとすることが大事です。面倒なことに気を取られたくありません。そのように「加筆修正」してもらいたいものです。