旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

書名の達人

松本清張は書名の付け方が実にうまい人でした。遺作となった未完の「神々の乱心」にしても、読んでみたいと思わせる書名です。
が、私は松本清張の作品を短編を除いてほとんど読んでいません。理由は簡単です。彼は社会派推理小説の巨匠と言われていましたが、推理面に着目する限り、その作品はあまりにもお粗末だったからです。どれも探偵役の事件解決の手がかりを得るきっかけが、ご都合主義過ぎるのです。


「神々の乱心」は最終稿でないこともあるでしょうがその傾向が特に著しく、トンデモ推理小説と呼ばれるべき作品です。
この小説には特高課の警察官と華族の次男坊というふたりの探偵役が登場します。このふたりは推理力ではなく、異常な直感力を持っているようで、なぜかどんどん事件の中心に近づいていきます。ただ、警察官はいくつかミスも犯しますので、まだ愛嬌があります。
すごいのは華族の次男坊です。彼は古い新聞を読んでいるだけで、まったく別のふたつの事件が結びついていることに気づいてしまいます。なぜ彼がそう推理したのか、作家は何も語ってくれません。
おまけにこのふたりは何度か顔を合わせます。それはまったく偶然なのです。なにが彼らを同一時に同一場所に向かわせるのでしょうか。これも作家は説明してくれません。


おそらく、松本清張の作品にこんな文句を付けるのは間違っているのでしょう。ほとんどの愛読者は、彼の作品にあるそんな瑕疵を知った上で、それを読んでいるに違いありません。
では何を楽しんでいるのでしょうか。
彼が取り上げる素材です。巻末にある〔編集部注〕には、取材班が多量の資料を集めたことが記されています。彼はそれらを丁寧に目を通し、作品の中にうまく取り入れています。*1


原武史氏が「昭和天皇」を書くにあたって「神々の乱心」にインスピレーションを与えられたことはよくわかりました。皇室を取り込もうとする新興宗教という発想は、皇太后貞明皇后)の問題を考えることの参考になったはずです。
その部分は私にとって「昭和天皇」の中で最も興味深く読めたところでした。でも、小説としての「神々の乱心」の評価が、それによって変わることはありません。


神々の乱心〈上〉 (文春文庫)

神々の乱心〈上〉 (文春文庫)

*1:彼が資料をそのまま作品に写してしまい、盗作問題になったことがあったような気がします。