旭亭だより

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村瀬学「自閉症」を読んで

村瀬学の著作は「初期心的現象の世界」から最近の「宮崎駿の『深み』へ」まで、何冊か購入し読んではいるのですが、論旨が理解出来ずに途中で放り出したり、読了はしても何か掴み所がなく、はっきり言って私と相性の悪いものでした。でも書店に並んでいると、つい手に取ってしまうのです。
しかし今回の「自閉症」(ISBN:4480063072)は違いました。読み始めると同時に本の中に引きずり込まれ、いろいろなことが心を去来しながらあっという間に読み終えてしまいました。


自閉症という言葉は70年代の頃から聞いてはいましたが、言葉の与えるイメージから<コミュニケーションを病的に拒否する状態>と考えていました。ですから成長に従い、治癒していくものであろうと。
私の周辺に自閉症児がいなかったことや、(テレビはほとんど見ないために)自閉症を取り上げたドキュメンタリー番組を見なかったことが誤解の一番の原因でしょう。また、私自身が重度の鬱病で通院治療をしていた時期があり、そのときの世界が狭まっていくような感覚を、勝手に自閉症と重ね合わせていたせいもあります。


そんなふうに自閉症を誤解していたのは私だけなのでしょうが、自閉症というものを理解しにくくしていた事情もあったことがこの本でよくわかりました。
自閉症は始め「病気」(早期分裂病)として扱われ、次いで性格の片よりとされました。病院で治療するものから教育の対象となったのです。それがさらに「言語・認知障害説」によって知恵遅れとして扱われるようになって現在にいたっています。これには行政の後押しもあったようです。


村瀬は自閉症の原因を、人と人との関係の複雑さに対する恐れに見ています。また、一般に言う知恵遅れとは違う意味での「おくれ」もそこにはあると述べています。
医師ではなく、本来は原理論構築を目指している村瀬がこの本を書いた意味は大きいはずです。また、近寄りがたいと感じていた村瀬が「Kちゃんとの小旅行」で見られる柔らかい心を持った実践家であったことを知り、深く感ずるものがありました。
一読をお勧めします。