旭亭だより

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「円朝芝居噺 夫婦幽霊」

「円朝芝居噺 夫婦幽霊」

辻原登の新刊「円朝芝居噺 夫婦幽霊」を読みました。仕掛のたくさんある小説です。たぶん最近の映画のように、繰り返し読むほど面白さが伝わってくる小説なのでしょうが、簡単な感想を書いておくことにします。


この本の三分の二は、作者辻原登が手に入れた速記符号による原稿「夫婦幽霊」の翻訳と注からなっています。
速記符号を文章に移すだけのことをわざわざ「翻訳」といわなくてもいいのではないか、と思うでしょうが、ことはそう簡単にはいかないのです。「円朝芝居噺 夫婦幽霊」が明治時代に隆盛をみた速記本と、速記の歴史についての解説から始まる所以です。


以前は新聞に速記の通信講座の広告がよく掲載されていましたが、最近はすっかり見なくなりました。早稲田式速記だったかな。速記を覚えて授業のノートを効率よくとろう、というような宣伝文を覚えています。
速記にはいくつもの流派があり、他流派のものは読めないそうです。これはこの本の伏線となります。


この円朝が口演したらしい「夫婦幽霊」ですが、途中まではいかにも円朝の作らしいと思わせるほど面白いのですが、後半に失速していきます。これは作者の筆力不足によるものではなく、実は仕掛なのです。
しかし、円朝の作品の多くは、通して読むと、さほど面白くないものが多いのも事実です。「名人長二」や「怪談乳房榎」などを寄席で聞くと、ぞくぞくするほど噺に引き込まれるのですが、全文を読むと「こんなものか」とがっかりすること請合いです。


「夫婦幽霊」、特に最後がいけません。興醒めです。が、これは私がこの噺を「怪談」として読んでいたからでしょう。作者はちゃんと「芝居噺」と断っているのです。
しかし、この「芝居噺」という書き方も曲者です。円朝が創造し、林家正蔵(もちろん先代)が伝えていたそれとは意味が違うのです。


この続きは明日までお預かりいたしましょう。