旭亭だより

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本田靖春「誘拐」

ノンフィクションの傑作といわれる本田靖春「誘拐」を読みました。私は中学生時代に、本田氏が読売新聞に書いた売血を告発する一連の記事を読んだことがありますが、まとまった作品を読んだのはこの本が初めてです。
「誘拐」は1963年に起こった(村越)吉展ちゃん事件に取材した作品です。が、本田氏の記者時代の文をもとにしたものではありません。フリーのライターになった本田氏に文藝春秋が依頼したもので、取材と執筆に1年3ヶ月の期間を与えてくれたそうです。


吉展ちゃん事件ははっきりと覚えています。私が小学5年生から6年生になる春休みに、私の住む台東区で起こった事件だったからです。
覚えていると書きましたが、実はこの事件の3年前にあった別の誘拐事件と混同していました。吉展ちゃん事件の犯人は元歯科医の本山茂久だったと思っていたのです。
本山は(尾関)雅樹ちゃん事件の犯人です。ともに営利誘拐、殺人事件で、被害者と犯人の年齢がほぼ同じだったので混同したのでしょう。
正確には混同といえないのかもしれません。雅樹ちゃん事件のことはすっかり忘れていたからです。


事件が公開捜査になってすぐに、犯人小原保の実弟から「脅迫電話の声は兄ではないか」との訴えがあったにも関わらず、なぜ逮捕できなかったのか。本田氏は捜査担当者の実名をあげてその謎に迫ります。今も昔も警察というところは、とため息が出る部分です。
小原は、誘拐事件後に起こした別の犯罪で服役中に、三度目の取調べを受けます。担当したのは警視庁の名物刑事、平塚八兵衛です。彼は犯行時の小原のアリバイを崩していました。
本来は平塚が小原を落とすこの場面が、作品の山場になるはずなのでしょう。が、その前に本田氏の筆によって、小原と彼と同棲していた女性(事件とは無関係です)の、二代にわたる凄絶な生活環境を知ってしまった私には、それがどうでもいいことのように読めてしまいました。


読後、現在の格差社会は、また小原のような人間を生み出すのではないかと思えてきました。できることは、たぶんあるはずです。


誘拐 (ちくま文庫)

誘拐 (ちくま文庫)