旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

幾時代かがありまして

記憶の底にしまわれている人たちのことを、ふと思いだすときがあります。今日は若い日にお世話になった割烹店のおかみ、Nさんのことが思い浮かんできました。


Nさんは銀座のはずれにMというを店を開いていました。老姉妹ふたりと板前のKさんの営む、こぎれいで小さな店でした。若い一見の客は断るような店だったのですが、なぜかNさんは私をかわいがってくれました。
「あなたって、本当においしそうにお酒を飲むわねー。」
なんどかそう言われましたが、たぶんそれがかわいがってくれた理由のようでした。Kさんのつくる絶品の肴で飲む酒が、まずいはずはありません。
海老しんじょ、泥鰌の柳川、白魚の卵とじ、どれもほかの店とは一味も二味も違っていました。あんなにおいしいものを若い日に食べてしまい、はたしてよかったのかな?うん、よかったのです。
もちろん、居酒屋のように安くはありませんでしたが、私の小遣いでも十分に行ける店でした。だいぶおまけをしてくれていたようですが……。


「私、年金をもらう歳になっちゃたの。もうおばあさんよ。」
笑いながら話すNさんでしたが、和服の似合うふくよかな姿の向こうに、美しかった昔が透けて見えました。ほっそりとした妹のEさんは香川京子似で、若いころはさぞもてはやされた美人姉妹だったのでしょう。
Nさんは着道楽で、いつも眼を楽しませてくれるすばらしい着物と帯を身につけていました。
(明日に続きます。)