以前は何人もお気に入りの店員がいました。○○デパートのあの人この人、△△楽器店の彼、××書店の彼女、等々です。
今でもひとりだけお気に入りの人がいます。某書店のTさんです。
初めて彼女から本を買ったとき、接客態度はとてもいいのですが、表情の硬さが印象に残りました。何度か会ううちに、私の娘たちよりも若いTさんの当世風ではない髪型や顔立ちが、同級生たちを彷彿させることに気づきました。それは私にとって好ましいものでした。
数ヶ月前、「帝国の銀幕」という本を求めにその書店を訪ねました。映画コーナーを探しましたが見つかりません。10年以上も前に地方の出版社から出た本ですから置かれていなく当然と思い、取り寄せてもらうことにしました。レジにはTさんがいました。
いつもなら、パソコンで他の支店に在庫があるか確認するのですが、その日は違っていました。「少々お待ちください」と言って、彼女は映画コーナーに向かいました。「そこ、探しましたよ」と言おうとしましたが、黙っていました。しばらくすると、彼女は鈴木伝明と田中絹代の写真が表紙の「帝国の銀幕」を持って戻ってきたのです。
びっくりしました。Tさんはその本があることを知っていたのです。
「よく探したつもりだったんですが、そそっかしくてすみません。」私は頭を下げました。
その日から、彼女は私のお気に入りに書店員になったのです。
最近はTさんの姿を見かけることがなかったのですが、今日はレジにひとりでいました。久しぶりに彼女から本を買うことができると思うと、浮き浮きした気分になります。
私は義江彰夫「神仏習合」、逵日出典「八幡神と神仏習合」、飯沼賢司「八幡神とはなにか」ほか4冊を彼女の前に置きました。
Tさんはほほえんでいました。