旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

その家庭に憧れ

庄野潤三氏が一昨日お亡くなりになりました。私が二十代に、多くの作品に触れた作家のひとりです。


そのころすでに大家の雰囲気のあった庄野氏の小説を読み始めたのは、文藝評論家の故磯田光一氏のインタビュー記事がきっかけでした。磯田氏は氏の作品を、現在書かれている小説の中で最も恐るべきものであると評していたのです。


ところが当時の私には、庄野氏の本を何冊読んでも、そのように感じることはできませんでした。
磯田氏はまとまった庄野潤三論を残さずに逝ってしまいましたので、氏の評の真意を知るすべはないのですが、いつまでもそのことは気になっていました。


確かに初期の作品には家庭の不幸(夫の不実)が垣間見られるものがありましたが、そのころ庄野氏が書き続けていたのは、多摩丘陵の小さな家に住む五人家族が、些細なことに一喜一憂するありふれた日常を描いた小説でした。


子供が生まれたばかりであった私は、それらの作品を読んで、自分もこのような家庭を作っていこうと密かに決意しました。ところがとある事故によって、そんなささやかな願いは砕け散ってしまったのです。


庄野氏の描いた家庭は穏やかな表面とは裏腹に、過去の不幸と、それを乗り越えようとするとてつもない努力によってなりたっていたのかもしれません。しかし、磯田氏がそれを恐るべき小説と評したとは、私には考えられません。


ある時期に庄野氏の小説はすべて処分してしまいましたが、数年前から文庫本になったものを少しずつ集めるようになりました。しかし、それらは書棚に並べられるだけでした。
いつかまた読む日が来るのでしょうが、氏の訃報に接しても、まだ頁を繰ることができません。


夕べの雲 (講談社文芸文庫)

夕べの雲 (講談社文芸文庫)