旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

ニットのブルゾンを買いました

この時期に着る羽織りものがパーカー1枚しかないことに気づきました。外出着はあるのですが、部屋で着るものがないのです。
軽いのがいい。で、綿ニットのブルゾンを選びました。すぐにシャツ1枚で過ごすようになるのでしょうが、おしゃれはしたいものです。

酒と本と音楽と

何度か書いていますが、二つのことが同時にできなくなってきました。例外は一つだけあります。酒を飲みながら音楽を聞くことです。
酒を飲みながら読書はしません。酒を飲んでからはあります。でも、それはそろそろやめるつもりです。翌日になると、本の内容を忘れていることが増えたからです。
酒も本も音楽も、ずっと楽しみたいのですが、酒は早晩やめる時が来ると覚悟しています。

前山隆『移民の日本回帰運動』

テレビドラマ『その女、ジルバ』を見ていて、前山隆著『移民の日本回帰運動』(NHKブックス)を再読したくなっていました。今、読んでいます。私が持っているのは1982年に発行された第1刷で、買ってすぐに読みましたが、理解できない箇所が多かった記憶があります。今度はどうでしょうか。
私はこの本でカチ組、マケ組という言葉を知りました。内容はおぼつかなくなっても、それはずっと残りました。
20年以上前に、この言葉をよく聞くことがありました。近代史とは関係がないところで使われていて、ビジネスの成功者や儲けている会社は「勝ち組」、そうでないのは「負け組」と呼ばれていたのです。先行する用語があるのに、わざわざ「組」を付けることが不快でした。
こういうことはよくあります。「確信犯」という言葉を、私は高橋和巳の『我が心は石にあらず』で法律用語として知りました。日常で聞くことがないのはそのせいかと納得し、その言葉を胸に刻みました。現在はほとんどその意味では使われていません。

湊かなえ『ドキュメント』

湊かなえ氏の新刊、『ドキュメント』(角川書店)を読みました。自分で買った本ではなく、予備知識は一切なし。帯には「興奮と感動の高校部活小説」と書いてありましたが、これも読み始めてから知りました。
舞台は地方の私立高校です。以前は男子校でした。スポーツ推薦の生徒が多く(なぜか男子のみ)、当然そちらでは名門校ですが、文化部の活動も盛んです。
主人公は1年生の男子で、放送部に属しています。3年生は受験のために引退し、部員は2年生4名、1年生3名だけです。放送部と聞いて、校内放送や、集会でアナウンス等をやるところかと思いましたが、それだけでなく、ドラマやドキュメントの放送作品も制作しています。むしろそちらの活動に重点が置かれていて、作品の全国コンテストには毎年出場しています。
放送部の全員がとても素敵です。知識欲旺盛で、きちんと議論をし、他者に対する思いやりもあります。そして個性的。今時の高校生はこうなのでしょうか。私が見るテレビドラマの中の高校生とは大部違っています。
私が高校生だったのは半世紀以上前のことで、7人が通っている青海(せいかい)学院と自分の学校生活を比較すべきではありません。それだけでなく、勉強はしないし、部活動にも積極的ではない私でしたから、なおさらです。が、放送部の7人には既視感があります。あの時代にもそんな生徒たちはいたのです。
前半を読んでとても楽しくなりました。いい奴らだ。とても「混ぜて」とは言えないけれど、そばいるだけでいいや。これって青春小説だよね。どうやって終わるのかな。
ところが、後半はミステリーになります。それについては書けません。

夢の保存期間

昨日は見た夢のことを書きました。一昨日、「覚えていたら、明日書くことにします」と予告した話です。その時、「私の場合、夢の保存期間は長くて半日」だけれど、「メモしておけば大丈夫かな」とも書きました。そう書いてすぐにメモしたので、忘れずにすみました。翌日も面白い夢を見たのですが、まったく覚えていません。夢の保存期間は、やはり短いのです。
経験したことは長く覚えています。忘れても、ふと蘇ってきます。こいつが実は曲者で、忘れてしまいたいことまでも思いだしてしまうのです。鳳啓助さんの「忘れようにも思いだせない」という秀逸なフレーズは、記憶についての理想を示しています。
怖い夢や楽しい夢を見たということは経験となりますが、その内容自体はあとかたもなく消えてしまいます。夢は経験が作りだしたものだから、人はそれを経験としないのでしょうか。夢を書き留めておき、それを読むと、昔のものでも細部まで思いだします。書く行為が経験だからなのかもしれません。

こんなとこ、あったっけ

養豚の夢が終わると、今まで見たことのないタイプの夢が始まりました。
スタートは事務所で働く私で、これは見慣れたシーンです。事務所があるのはJR中央線日野駅の近くの高台ですが、実際にはそのような場所はありません。その後に出てくる日野駅前も違っていて、夢の中ではとてもにぎやかです。
仕事を終え、私は自転車で帰宅です。坂を下り、駅前の文具店で2Bの鉛筆を2本買いました。あたりは明るく、とても夕方とは思えません。線路沿いの道を八王子の方向にペダルを踏みます。しばらく走り、線路下のトンネルをくぐると寺が見えてきました。古くはないけれど、立派な本堂があり、境内も広々しています。ここに寺なんかなかったと思うけど、見落としていたのかな。今度ゆっくり来てみよう。
寺を過ぎると印鑑屋が数軒ありました。寺と印鑑、結びつくようなつかないような取り合わせです。どの店にも大きな象牙が飾られています。それに気を取られていると、いつの間にか周囲の様子が変わっていました。ゴシックの寺院みたいな建物に囲まれていたのです。が、どれも石造りではなく、表面は白っぽく半透明でつやつやとしています。インド風の香の匂いがしてきました。ヒンズー教の寺院なのかな。
自転車に乗っているのですが、建物の中に入ってしまったようです。天井が高く、壁自体が薄明るく光っています。部屋の中で自転車はまずいだろうと、降りて押しながら歩きました。廊下はくねくねと曲がり、迷路のようです。
やっと人に出会いました。高位の僧侶とそれに従う弟子たちでしょうか。帽子をかぶったしかつめらしい僧侶に、私は臆面もなく「ここは何のお寺なのですか」と尋ねました。チベット仏教の寺院であると素っ気なく答え、彼らは私を一瞥もせずに去っていきました。
それからもあちこちうろうろしましたが、なんとかいつもの町に戻れました。

大塚英志『「暮し」のファシズム』

大塚英志著『「暮し」のファシズム - 戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた』(筑摩選書)を読んでいます。と書くと、「当分、本を買わない」(3月13日の便り)はずだったんじゃないのと言われそうですね。この本はその前に予約してあったので、セーフにしてください。
大塚氏の本で、はじめて読んだのは『「彼女たち」の連合赤軍 - サブカルチャー戦後民主主義』(1996年/文藝春秋)でした。その後、新刊はなるべく読むようにしていましたが、『怪談前夜 - 柳田民俗学自然主義』(2007年/角川選書)で止まってしまいました。
大塚氏は「ぼくは戦争プロパガンダに関わった人々を、ポリティカルに断罪して済ませることに少しも意味を見出さない」(100頁)と述べています。私の本の読み方は「ポリティカルに断罪して」それでお終い、であり、ただその例を増やし、ひとり悦に入るだけでした。これからもそれでいいのかを、よく考えてみることにします。