旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

植草甚一さんの蔵書

昨日のお題は、何のひねりもない、植草甚一さんの書名をそのままいただいたものでしたが、私はかって植草さんの蔵書を1冊、持っていました。銀座の「奥村書店」で買った吉田健一著作集の中の1巻で、植草さんがお亡くなりなった後のことです。
鶯色の布装のその本は読むために買ったもので、植草さんの蔵書とは知りませんでした。蔵書印や書き込みはなかったのですが、著作集の編集者からの植草さんへ献本する旨を記した短い手紙が挟まっていて、それとわかったのです。手紙の余白には植草さんの独特な文字が鉛筆で書かれていました。


文ではなく文字?そうなのです。
植草さんの再晩年のエッセイに、入院生活が退屈なのでこんな文字遊びをしています、とその文字遊びの写真とともに発表されたものがありました。その文字遊びが書かれていたのです。それ自体はアルファベットを十字に並べた、クロスワードの出来損ないみたいなものですが、その文字の選び方と、レタリングのような文字がとてもモダンで、ひとつの作品のように見えました。


植草さんが借りていた、書庫専用のマンションの写真を見たことがあります。それは書庫というよりは倉庫で、毎年ニューヨークに出かけて買ってきた本が、運送用の段ボール箱に詰められたまま山をなしていました。その殺風景な部屋で本を読む植草さんは、本当に幸せそうでした。
同じマンションに住む人が、植草さんの死後、部屋の前に積まれた段ボール箱の山を見て悲しくなった、と書いていました。出版社に前借りがあったので、植草さんの膨大な蔵書は処分されたと聞きましたが、たぶんそれだったのしょう。
私のところにやって来た本も、その中にあったのかも知れません。


レコードのコレクションは、散逸すること憂いた中洲産業大学の(私と同名の)森田一義教授が、そっくり譲ってもらったそうです。