一昨日の便りに、竹内好訳の魯迅「故郷」の結びの部分は暗唱されるほどに親しまれていると書きました。訳文が暗唱されるのは珍しいことと、そのときは考えたのですが、意外と多いことに後から気づきました。
その代表はなんといっても上田敏訳のカール・ブッセ「山のあなた」でしょう。三遊亭圓歌師匠が歌奴時代に大ヒットさせた新作落語「授業中」で、生徒に朗読させるあの「山のアナ」です。みなさまご存じでしょうが、冒頭の部分を引いておきます。
山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ
井伏鱒二の「厄除け詩集」に収録されている千武陵の「勧酒」も有名ですね。こちらは末尾を引いておきます。
花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ
考えてみれば、漢詩漢文の読み下し文も翻訳なのですから、訳文の暗唱は古くからあったわけです。
最後に、比較的新しい小説で、ある時代の若者を虜にした名訳をあげておきます。その部分だけが有名になり、最後まで読み通した人は少ないといわれる篠田浩一郎訳のあの小説です。私も17歳のときには完読できませんでした。
ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。
(ポール・ニザン「アデン アラビア」)
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