旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

一度だけ会った人

昨日の読売新聞夕刊には、16日に77歳で亡くなった仲谷昇への、麻布中学で同級生だった小沢昭一による追悼談話が掲載されていました。
小沢さんの本はよく読んでいますので、ここに出てくる「ライオンの昼寝」についても知っていましたが、本来はおかしいはずのこの話に、仲谷さんを喪った彼の深い悲しみを感じました。


私は仲谷さんには一度だけお会いしたことがあります。まだ二十代の頃です。
会ったなんて書くのは本当はおこがましいことで、彼と同じ部屋にいて話を聞くことができた、と言った方が正しいでしょう。
当時の私の職場に、冬の晴れた日、仲谷さんは仕事の打ち合わせにやってきました。マネージャーもつけずに素顔のままで、ふらりと現れたのです。約束の時間にはまだだいぶ時間があります。
「まだスタッフが見えていないのですが」と恐縮して言うと、「いいよ。勝手に早く来たんだから、構わないでください」と気さくに応えてくれました。応接のソファーに案内しようとすると、「ここでいいかな」とストーブの前にあった椅子に腰掛けてしまいました。その姿がとても自然で、何度もここに来たことがあるような雰囲気が漂ってきました。


お茶を飲みながら、仲谷さんは問わず語りに、いろいろなことを話してくれました。
「この建物、元は○○(某映画会社)のフィルム倉庫だったよね」「ここいらも随分変わってしまったなぁ」と感慨深そうに昔の話をしてから話題を変え、「うちの奥さんて面白い人なんだよ」と当時結婚していた岸田今日子さんとの日常の一こまを、それは楽しそうに話してくれました。
打ち合わせを終えてからも事務所に顔を見せ、お茶のお礼を述べ「じゃあ」と軽く手を振り、帰って行きました。仲谷さんの後ろ姿は、古い町並みがまだ僅かに残っていた銀座の町外れに、しっくりととけ込んで消えていきました。


仲谷昇さんのご冥福をお祈りいたします。合掌。