旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

「よくってよ。」

終助詞「よ」で結ばれる女性言葉が好きです。実生活では一度も聞いたことがありませんが。
古い映画でよく使われていました。「〜してよ」が一番多いかな。でも、私が好きなのは「よくってよ」です。原節子がよく使っていたんじゃないかな。
漱石の「門」の冒頭で、御米が縁で寝そべっている夫の宗助に「貴方そんな所へ寝ると風邪引いてよ」と声をかけます。いいですね。「風邪を引いてよ」では少し減点になります。格助詞「を」が抜けることによって、御米の若々しさと、夫への甘えが感じられるのです。
漱石は御米の言葉遣いをこう評します。「細君の言葉は東京の様な、東京でない様な、現代の女学生に共通な一種の調子を持ってゐる」と。
新聞小説である「門」のこの部分の掲載日は明治四十三年三月一日です。この言い方の歴史は古く、女学生言葉と云う一種の流行語だったことがわかります。
現在はまったく使われていません。東京の下町育ちで六十二歳の私にさえ、聞く機会がありませんでした。それはざっかけない私の家の周辺だけではありません。通った高校の前身は府立第一高女で、当時で創立九十年でしたが、そのような言い方は伝わっていませんでした。
山の手では使われていたのかもしれません。それとも、名門の私立女子高では綿綿と受け継がれていたのかな。
友人の妹はそんな学校に中学から通っていましたが、彼女の口から「〜よ」が発せられることはありませんでした。
死ぬ前にナマ「よくってよ」を聞きたいか?ですか。うーん、いいです。それが似合う女性はもういないでしょう。