旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

商人修行(あきんどしゆぎやう)

見た夢を書いた便りを、知人が誉めてくれたことがあります。
「他人(ひと)の語る夢の話はほとんど面白くない。作家の夢日記でさえそうだ。でも、君の夢の話には、全部ではないが、感心するものもある。作り事ではなく、放っておけばどんどん忘れてしまう夢を書き留めようとする努力が感じられるからだ。リアルなんだよ。」
彼が言ったように、私も夢を書くことには懐疑的です。実は夢の話も、書くことが見つからないので苦し紛れに記したのがきっかけでした。
さて、今日も忘れないうちに夢の話を書くことにいたしましょう。


夢の中の私は二十歳前後でした。そうならば時代は昭和40年代後半になるのですが、もう少し古いようでした。場所は東京の問屋街です。
失業中の私は、親戚の紹介で履き物問屋に働きに出ました。その初日です。
事務員として働くはずだったのですが、いきなり荷造りを命じられました。先輩社員と一緒にやりなさいとのことです。
その社員は身長一米足らずの中年男でした。親戚の者から、意地悪な男が一人いるから気をつけるようにと聞いていた社員のようでした。
あちゃー、初日からついてないな。
店は板張りで社員はみな紺足袋を履いています。まるで江戸時代のお店(たな)です。扱っている履き物はほとんど安物のヘップでした。(サンダルなのですが、オードリー・ヘップバーンが映画で履いていたことから、東京の下町ではヘップと呼ばれていました。)
先輩は見ているだけです。荷造りなどしたことのない私がやるのですから、ひどい物ができ上がりました。もちろん、山のような小言を浴びせられました。しかし一度会社をしくじった私です。ここは我慢我慢。
それが終わると事務所に連れて行かれ、他の社員たちに紹介されました。さすがに事務所にあったのは座り机ではありません。ただし木製です。
何を食べたか覚えていませんが昼食後、私は玄関で脱ぎ散らかされた履き物を揃えていました。小男はそばに立っています。
すると、奥の方から大きな声が聞こえてきました。関西弁です。「番頭さんだよ」と小男が教えてくれました。
番頭は歌を歌いはじめました。ゆったりとした、関西の民謡のようです。艶のあるいい声で、思わず聞き惚れてしまいました。
「あれを歌いながらお店の中を一回りするんだよ。元は淀川の船頭の歌らしいが、歌詞は番頭さんが作ったもので、このお店のことを歌っている。みんなで唱和するところもあるから、必ず覚えるんだぞ。」
歌声が近づいてきました。紺の半纏を着た大柄な男性が、私の方に歩いてきます。
ここで夢は終わりました。今回はうまく再現できました。
この夢には、私の体験が少し入っているようです。履き物屋で働いたことはありませんが。
船頭歌のくだりは、今年の【江刺寄席】と関係がありそうです。桂かい枝師匠から当日の予定演目を先週知らされたのです。それが何か、落語ファンならもうおわかりですね。私もそれを聞いて「おおっ」となりましたが、あくまでも予定です。