桜の蕾がふくらんであとわずかで咲きはじめるころ、懐かしい本がたくさん揃った古書店を見つけるという、私にとっては茄子や鷹や富士よりも好ましい初夢を見ました。
低木の桜の森のようなところを通り抜けると、小さな古い店舗が続く町並があらわれました。古書店もあります。ドアをあけました。
中は薄暗く、目が慣れるまでは少し時間がかかりました。雑然としています。こりゃ、はずれかな。
書棚を見ると、私が一番背伸びをして読書していたころの本がずらっと並んでいました。それではなく、下に置かれた黄ばんだ表紙の雑誌を手に取りました。
「大事に扱ってね。頁がはがれちゃうから。」
声の主は中年の女性でした。地味な和服を着た、どうみても下町のおかみさんです。私は雑誌の目次に目を落としました。あのころ何度も読んだ文章が並び、まるで私自身が編んだアンソロジーのようです。
「珍しいでしょ、その本。編集者の力量がわかるわね。」
彼女は一方的に話し続けますが、私からはことばが出ません。親しみを感じはじめているくせに素直になれないのです。
その雑誌を求めたのかは覚えていません。外は小雨が降っていました。