旭亭だより

年金暮らし老人の近況報告です

絵を描く人たち(9)

勤務先に彼女から電話がありました。いつもの居酒屋で会いたいとのことでした。名刺の交換はしてありましたが電話をもらうのは初めてです。
グループ展を開くときには連絡してください、と言ってありましたので、たぶんそのことかなと想像しながら居酒屋に行きました。


「アルバイト、今日で最後になってしまいました。会社の経営状態が思わしくないようで、事業を大幅に縮小するそうです。そんなわけで私はお払い箱です。」
なんともことばが返せません。
「年貢の納め時かも知れませんね。グループ展の予定もありませんし‥‥。」


彼女のイラストや水彩による挿絵は、何度か原画を見せてもらっていました。試しにやってみたというシルクスクリーンの作品はとてもいいものでした。「いただけませんか」ときいたところ、習作ですからとやんわりと拒否されました。
「こんどアトリエに来ませんか。作品もたまっていますから。」と言って彼女は、アトリエの電話番号を教えてくれました。
「駅からは結構遠いので、迎えに行きますよ。」


彼女のアトリエに行くことはありませんでした。アトリエが住まいを兼ねていたからです。独身女性の住居を訪ねることを躊躇する思いが、私にはありました。
実はもうひとつ理由があったのです。彼女の作品を見たなら、私は必ず欲しくなるはずです。そうなると、絵を描いた彼女に直接対価を問わなければなりません。それは作家に対して失礼ではないか、と思えてならなかったからです。